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善光寺(ぜんこうじ)は、岐阜県岐阜市にある真言宗醍醐派の寺院。山号は愛護山。本尊は善光寺如来。善光寺安乗院ともいう。通称は「岐阜善光寺」、「伊奈波善光寺」。美濃四国第1番札所。 == 沿革 == 善光寺の本尊は甲州征伐後、織田信長の手で天正10年(1582年)3月に、岐阜城下の伊奈波神社の近くに移された。 しかし、同年6月2日の本能寺の変により織田信長が亡くなると、織田信雄により尾張国甚目寺(現・愛知県あま市)へ移される。善光寺如来は後に徳川家康の手に渡り遠江国の鴨長寺へ、さらに慶長2年(1597年)、豊臣秀吉の手に渡り、方広寺の本尊にされる。翌慶長3年(1598年)、信濃国に戻る。 信長の孫・織田秀信が、かつて善光寺如来が祀られていた地に伊奈波善光寺堂を建立し、善光寺如来の分身を祀ったのが始まりという。建立時期は不明だが、織田秀信が岐阜城主であった文禄元年(1592年)から慶長5年(1600年)頃と推測される。江戸時代初期、善光寺安乗院に改称する。 善光寺如来の分身は、安乗院と満願寺(伊奈波神社の境内の寺院)で交代で守られていたが、明治元年(1868年)に廃仏毀釈、神仏分離のため満願寺は廃寺となる。本尊は安乗院単独で所有することとなる。 明治24年(1891年)の濃尾地震により本堂は全焼し、現在の建物は大正元年(1912年)に再建された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「善光寺 (岐阜市)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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